上から下から

七センチ。物差しの上でなら全く短く見えるその長さ。けれどそれが高さならどうだろう、結構な差ではないか。特に身長などであれば、七センチ違えば目線の高さがかなり変わってくる。その高いと低いではきっと見えている世界すら違ってくるのだろう。そうだとしたら、その違った世界を見てみたくなるのは道理とも言えるのではないだろうか。
届いた、と。唇に触れた柔らかな感触で左右田はそう確信した。ほんの少し顎や踵を上げなければならなかったが、確実に日向の唇を捉えることができたのだ。
触れていたのはものの数秒で、本当はもう少し長く口付けていたかったのだが、無理な体勢を長く続けるのが辛くすぐに体を離してしまった。でもまあ、いいよな。と、左右田はひとりごちる。
ふるりと見上げた日向のまつげが震えた。目を開けるその仕草さえも見逃したくないと上向いたままにそれを見つめる。
「……あんまり見るなよ」
「いいじゃねーか、これくらい」
この距離では見上げないとお前の顔もよく見えない。普段からこうして顔を近付けることなど滅多にないのだからと左右田が言えば、日向がじゃあ見下ろしてみればいい、とだけぽつりと零し、その場に座り込んだ。
七センチの差を再現するには大げさ過ぎて、嫌味かお前の目にはオレがこれほど小さく見えているのかと思う左右田だったが、日向が何故見るなと頑なになるのか、見下ろすと見上げるので一体何が違うのか、見えている世界の違いを知りたい気持ちが勝り、言われるがままに日向の旋毛を見下ろす。
七センチ上から旋毛ははっきり見えているのか。そのための高さを持たない左右田にはわからない。角度によるのだろうか。しかし相手の頭から爪先までがはっきり見えるのは中々気分が良いものだった。この優越感にも似た気持ちを日向が常に持っているとなると少しばかり腹立たしかったが。
「なあ」
「何だよ」
「イミわかんねえ」
「何でもいいからわかれよ」
無茶言うなと左右田が口を開きかけて、止める。何かと思えば日向が緩く首を上向けて左右田の方を見ていた、たったそれだけなのだが、それが所謂上目遣いだったものだからじわじわと左右田の顔は熱くなってくる。日向の言っていたのはこれか、と左右田は熱くなる頬を手で押さえながらその日向から視線を外せずにいた。
日向はこれをわかれと言ったのか、そう納得しかけたあたりで上目遣いの自分がそうしている絵が思い浮かんですぐそれを振り払う。
「わかっただろ」
「わかった……ようなわかんねーような」
「多分、お前が思ったのと大体同じだよ」
左右田と日向の視線が交わる。左右田も、日向の言うことはわかってはいるつもりだ。とはいえそれを認めると、つまり、日向は左右田を見下ろして。
「……オメーもオレのことこうやって見て、ドキドキしたりすんの」
「……い、言わない」
「それもう言ってるようなもんじゃねーかよ……」
「わかってるけど、言えないんだよ、わかれよ」
七センチよりもっと上から見える日向の耳は淡く色付いていて。惚れたが負けとはよく言ったものだとどこの誰だか知らない人物の偉大な言葉を思い浮かべながら、左右田も顔に上った熱が冷めるまでは、と日向の隣に腰を下ろしたのだった。

左右田の上目遣いをかわいいと思う日向くんがかわいい。