たぶんアイランドのふたり。
マイスウィート

「手からな、飴が出るんだ」
揺さぶって眠りから起こしたオレの顔を見るなり、日向はそう言った。
ああ珍しいな、日向でも寝ぼけることってあんのか。などと、日も昇り始めの時間に物凄い勢いで起こされたオレは考える。もしかして昨日の夜無理しすぎたかな、と少し幸せな悩みもそこに並べながら。
そーか日向、眠いんだろ。オレがあとで洗濯とかぜんぶやっとくから、まだ寝てろ。とかなんとか眠い目を擦りそう言うと、また猛烈な勢いで肩を揺すぶられた。
「寝ぼけてるとかじゃないんだって、なあ聞いてくれ」
「あー聞いてる聞いてる、聞いてっから、揺らすのヤメロ」
「あ、悪い」
「えっと……んで、なんつった?」
「だから、手から飴が出てくるようになったんだよ」
日向は先程と同じ言葉を返すが、オレにはさっぱりその意味がわからず間抜けな声で「はあ」と了解なのだか肯定なのだか判然としない返事しかできなかった。
「悪ィ日向、何言ってんのか全然わかんねーわ」
「ああ、うん、そうだよな、俺もよくわかってないくらいだし、急にそんなこと言われても困るよな」
ううん、と俯き日向が唸る。三、四秒くらいだろうか。間が空くと、日向が「見せた方が早いか」と一人で納得し、こちらに向き直った。
日向はこちらを向いたままその手をぐっと握り、拳を作った。そのまま空いた手でオレの手を取って、その中に何かを落とす。
オレの手のひらには、小さな球体を紙で包んだ――確かに日向の言った通りの、飴玉が転がっていた。
状況を掴めないオレは、現実逃避がてらその飴を眺めた。黄色の地にどぎついピンク色のハートが並ぶ飴の包み紙を見て「センスねえなこの柄」と見た目の感想を思い浮かべる。色は悪くないが、ハートはないだろう、ハートは。それに、この包み紙じゃ見ただけでは味の想像がつかない。レモンなのかイチゴなのか、はたまたパインなのかさっぱりである。
状況の把握を放棄したオレの目の前で、日向はなぜかドヤ顔だ。本当だっただろ、と、妙に目を輝かせてこちらの反応を待っている。何と言うべきか悩んで、しばらく。「飴だな」とだけ、オレの声は言葉を形作った。
「飴なんだよ」と、日向。いや、オレはそういう事が訊きたかったんじゃないのだ。
「手品?」
「いや、俺、手品なんてできないし。そもそも全裸でできるようなトリックじゃないだろ、こういうのとか」
「あ、ハイ、そうですか」
「頼むよ左右田……寝ぼけてないで起きてくれ。今一番ツッコミを必要としてるのは俺なんだよ。何ならもう一回飴出すから、仕切りなおそう。で、俺が飴出したら『何だよソレ!?』ってツッコめ、いいな」
「何でコントの打ち合わせみたくなってんだ!」
珍しい日向のボケにも思わずいつものようにツッコミを入れてしまう。もうこれ条件反射なんじゃないだろうか。
「あ、そうそうその調子」
「その調子、じゃねえだろ。いいから落ち着けよ、オメーが取り乱してっとオレがどうしたらいいかわかんねーよ!」
混乱している日向の肩を掴んで、視線を合わせる。いつもの立場が逆転して動揺するオレの姿を見て少し冷静になったのか、日向の体から力が抜けていった。
「ごめん……ちょっと、混乱した」
「おー。……とりあえず、服着るか」
「そ、そうだな」
まだこういうの慣れないし、ちょっと恥ずかしいな。と言いながらシャツを羽織った日向に勃ちそうになったのはここだけの話だ。

***

幸いにも日向の体に起きた異常は日常生活にさして問題が出なかったので、簡単に朝飯を済ませつつ、真相を探った。
その飴の出現条件について日向が証言したのをまとめると、こういうことらしい。
「自分以外の誰かのことを考えると出てくる」。
ちなみにさっきの飴はオレのことを思い浮かべたそうだ。中身はオレの髪の色そっくりの飴玉。試しに食べてみると味は砂糖そのもので、恐ろしく甘かった。
そしてそれは勿論オレ以外でも発生する。他の奴、例えば澪田ならあの髪の色にそっくりなストライプと愛用のギターが描かれた包み紙に、紫色の鮮やかなぶどう味の飴が出てきた(この辺りを見ると本人の見た目かイメージが反映されているように思えるが、何故オレの飴が、色はともかくあのハート柄なのかは不明である)。他に小泉、狛枝と試したが、同じように飴が出現した。ちなみに小泉は身に着けているネクタイと同じ柄の包み紙に中身はイチゴ味、狛枝はあの上着そっくりの色の包み紙に甘いんだか酸っぱいんだか苦いんだかよくわからない微妙な味の飴だった。
包み紙の法則は何となくわかったが、味についてはよくわからないままだ。しかし思い浮かべた相手によって味が変わることを考えると、相手によって変わる何かが決め手なのだろう。
「何だろうな?」
「いやこっちに振るなって」
「はは、だよな」
「んー……とりあえず見た目は本人の外見にならってるとして、だ。他に何考えた?」
「他って?」
「だから、さっき飴出したときに考えたこと」
日向が首を傾げる。ついさっき試したことだから思い出すのにさして時間はかからないはずだったが、そこに浮かぶ表情は複雑だ。
「さっきは、結構漠然としたイメージだったな。誰にしても見た目とか、印象とかそんな感じ――ああ、印象か」
「味?」
「多分だけど、な」
困ったような顔で日向が笑う。つられてオレも少しだけ口の端を上げた。
「んじゃ、そう仮定して。問題はどういう印象だとその味になんのか、だな」
「澪田は一緒にいて面白いとかそんな感じだったな。小泉は少し違うけど、大体同じ。友達だからか?」
「あー。何となく感覚わかったかもしんね。ちなみに、狛枝は?」
「何か凄いし別に嫌いなわけじゃないけど変わってるからちょっと接し方に困る?」
何だか狛枝だけやたらと具体的にひどいことを言われている気がする。まあ、オレがあいつに抱く印象も概ね日向と一緒だったので理解はできるが、本人が聞いたら傷付くんじゃなかろうか。
「友達は大体甘酸っぱい感じになるんだな」
友達イコールフルーツ味?いや、甘味+酸味だろうか。じゃあ、狛枝のときの複雑な味はどういう意味なのか、少し気になる。
「狛枝は……少し苦手意識があるからああいう味なのかもしれないな。印象からして他より難しいし」
「あー、納得。っつか、苦手だから苦いって、そのまんますぎねえ?」
「推測だからいいだろ。ああ、そういえば左右田のって何味だったんだ?」
不意に遡る質問に面食らう。実験した澪田小泉狛枝のことから考えていたから、自分のことを忘れていた。
「オレの?」
「お前の。黄色にピンクのハートのやつ」
「あー、スゲー砂糖の味だった。飴っつーか砂糖っつーか、ものすごい甘いだけ――あ」
「どうした?」
気付いてしまった。「甘さ」だけでできた飴の意味。それが真実なのかどうかは、日向に訊くより他ないが――それだけの確信はある。何より、俺達の関係性と、昨日の出来事がそれを証明している。
「なあ、俺を起こすより前に出てきた飴、まだ持ってっか」
「そういやまだ食べてなかったな。食べるのか?」
「や、俺じゃなくて。食ってみ。多分そんで答え出っから」
「本当にわかるのか?」
半信半疑と言った様子で、日向がポケットからあの黄色い包み紙の飴を取り出す。結果が出るまでは我慢、と思っていたがにやけるのが抑えられない。
「いいからいいから。…………どうだよ?」
再び首を傾げながら、俺の髪の色にそっくりな飴玉を含む日向。まだその味の意味に辿り着いていないのか、訝しげな表情だ。
「甘いな、すごく」
「なァ、それが出てきたとき、何考えたか思い出してみ」
「何考えたか…………う、んぉっ!?」
一瞬で顔どころか耳まで真っ赤になる日向がおかしくて、笑いを堪えられない。そんなオレの様子が気に入らなかったのだろう、ばしんと腕を叩かれた。結構な力で叩かれたからそこそこ痛かったけれど、これも愛ゆえだと思えば安いもんである。
「で、オレの印象は?」
答えは決まっている。
「っ、好き、だよ」
「おう。知ってた」
「バーカ」
「照れんなって日向ちゃん」
「うるさい、バカ、アホ」
「ひっでえの」
げらげらと笑いながら、ふと考えた。オレから日向への飴玉は、どんな味なのか。多分、今日向の口の中にあるのと同じくらい甘いのだろう。

こういう設定から何からふわっとした話好きです。