ふたりのあした サンプル
日向のカケラが集まらない。いや、五つまでは順調だった。だというのに、一日中一緒に過ごそうが喧嘩して清々しく仲直りしようがプレゼントしようが一向に、最後のひとつが集まらない。
これに気が付いたのが修学旅行の期限一週間前。つまり今日。他の連中は皆カケラを集め終えているのに、集めるべき日向の希望のカケラの最後のひとつがどうしても埋まらない。
「なんでオレだけ!」
悔しさなのか憤りなのかはたまたその両方か、ムカムカくる勢いで日向に詰め寄ったが、肝心の日向は首を傾げるばかりで未だ具体的な答えは返ってこない。
「なんで、って言われてもなあ……」
「いや、おかしいだろ!よりにもよってあの田中とか西園寺とか狛枝っつー厄介相手にカケラ集まってんのにどういうことなんだよ説明しろよ!」
この問答を始めてかれこれ一時間。もう三度はこの遣り取りをしているはずだ。そしてそれは解決策を講じるまでまだまだ続く。
「あんまり焦るなよ。焦っても何も解決しないだろ」
「そこに的確なツッコミはいらねんだよ!何で集まんねえのかっていう原因考えろげ・ん・い・ん!」
「そう言われても、心当たりがなくてさ……」
怒りに任せて突きつけた指の向こうで日向が苦笑する。たったそれだけの仕草にどういうわけだか悲しくなって、目の奥が痛くなる。こんなことで涙が出そうだなんて情けなくて、二重に泣けた。
「希望のカケラってのが一体何なのか、未だによくはわからないんだけどな。だけど、何て言うか……こう、気持ちがすごく重要な気がするんだ」
もしかすると、俺自身の気持ちの問題なのかもしれない。日向がそう言って考え込む。
カケラ集めが気持ちの問題なのだとしたら、日向はオレに対して気を許していないのかもしれない。本気で信頼していないのかもしれない。あって欲しくない「もしかして」が頭を過ぎると途端に背筋が冷たくなった。目に溜まった涙で視界が歪む。
「……日向まさか、オレのこと信じらんねーとかじゃ」
「違う!違うって、左右田のことはちゃんと信頼してる。だからこそカケラが揃わなくて困ってるんじゃないか」
「信頼してたらフツーもう揃っててもおかしくねえだろうが!何日オメーと自由行動してっと思ってんだ!」
「それは……」
ちがうんだ、と日向が呟く。それくらいわかっている、「親友として」わかっているつもりだ。そうでなければすぐさま否定なんてできるはずがない。だからこそ、最後のカケラが集まっていない事実が恐ろしいのだ。
「信頼はしてるし、左右田のことは親友だと思ってる。それでも、いや、それだから原因がわからないんだ」
真っ直ぐにこちらを見つめながら言われて、今度こそ堪えきれなくなった涙がこぼれる。その言葉が嘘ではないとわかっているからこそ、酷く悲しかった。ひとつ欠けた希望のカケラに「それで本当に親友だと呼べるのか」と責められているようで。
日向の声も表情もオレを信頼していると言っているのに、その証だけが足りない。
「泣くなよ」
ぎこちない手つきで涙を拭われて、情けなく唸るしかできない。子供扱いするなとかろうじて言葉にしてみても、日向はそれを聞き流してあやすように背中を叩くだけだ。
「ま、どうにかなるって」
「いい加減なこと言ってんじゃねーよ、ばかやろー」
「はいはい、落ち着いたらまた相談だな」
「だー!子供扱いすんなっつってんだろ!」
こっちは真剣に悩んでいるのに、と日向を睨むと穏やかに微笑まれて勢いを削がれてしまう。ゆるく細められた日向の目が、今まで見た事のない色を湛えてこちらを見つめていた。
ぞくり、と背筋を得体の知れないものが駆け上がり、きゅうと胸が締め付けられたように痛んだ。何か自分の知らない事実を突き付けられているような薄ら寒さと居心地の悪さ。
知らないものばかりだった。日向の向けてくる目も、自分の中に湧きあがったものも。
「どうした?」
「なんでもねー」
考えるより先に言葉が出ていた。何でもないことにしなければならないと、どうしてかそう思っていた。
「とりあえず落ち着いたんなら、今日のところは解散にしよう」
「おう」
気を抜いたら溢れ出そうなものに無理矢理蓋をして、すっかり日の落ちたコテージまでの道のりを日向と二人、とぼとぼと歩き出す。
会話はない。日向は何か考え込んだ様子で黙々と歩いているし、こちらも今何か言おうものなら蓋をしたものがうっかり出てきてしまいそうで、黙るよりほかなかった。
「……左右田」
「なんだよ」
また日向があの目で見つめる。胸の奥がざわついて仕方がない。
「嘘じゃ、ないからな」
お前は、大事な親友だ。
そう言って差し出された手を握る。初対面でもあるまいし今更握手かよ、と思わないでもないがこれが日向なりの誠意なのだろう。確かに嘘をついているようには思えない。しかしそれでも感じるこのざわつきは一体何なのだろう。
「んなの、わかってるっつーの」
理由のわからない違和感は見ない振りをして、そう答えた。