せかいのすべては
十二月十四日。自称制圧せし氷の覇王――田中眼蛇夢こと俺の恋人の誕生日だ。
田中の誕生日を知った俺達は仲間皆で祝おうと決めて、どうにかこうにか機関(というか苗木)にも許可を取り、ささやかだが田中の誕生パーティーを開くことにした。主催者のソニアを中心にそれぞれができることをして、当日も滞りなく会は進み、田中にも概ね満足して貰えたようだった。
しかし、どういうわけだか二人になった途端田中は不満そうな声で俺に呼びかける。
「日向よ」
「ん?」
一体何が気に食わなかったのか、その顔はどことなく不機嫌そうだ。どうかしたのか、と訊ねても煮え切らない返事しか返ってこない。パーティーが気に入らなかった、というのは田中の性格を考えるとまずありえないし、何だかんだで楽しそうにしていたのを知っているから正直心当たりがない。
そう考えれば今この遣り取りで何か田中の気に障ることを俺が無意識にしていたのかもしれないが、俺自身は特別おかしな行動をしたつもりはなかった。
考え込んだ様子の田中の手を取って、もう一度訊ねる。
「なあ、どうしたんだ?何か嫌だったのか?」
問いかけると田中がぐっと手を握ってきた。珍しくこちらから触れても視線を逸らさないので、何かを伝えようとしているのだろう。大事なことなのだということは言わなくても理解できた。
田中の目を見つめる。少し頬が赤くなったけれど、それにも黙って返事を待った。
「…………貴様は」
「うん?」
「貴様からは何も無いのか」
「えっ」
どうやら誕生日プレゼントをねだられているらしい。渡そうとは思っていたが仕事に忙殺されていてかつパーティーの準備にも追われていたので、皮肉にも祝うべき本人と今日までまともに話すことが出来ていなかった。そんなわけで田中の欲しいものをリサーチできておらず、結局考えついたのがこれだ。
「えっと、誕生日プレゼントは俺……とか?」
「なにィ!?」
「あっ、いや変な意味じゃなくてな!言い訳みたいになるから本当は言いたくなかったんだけど……全然お前の欲しいものがわからなくて。今日まで忙しくて、ろくにしゃべれなかったしな。だからまともなものをあげられなくて悪いんだが、もし俺に何かしてほしいこととか欲しいものがあったら言ってくれ」
何とも安直で頭の悪い発想だと自分でもわかっていたが、正直言ってこれと言った特技もなく器用でもない俺ができるのはこれくらいだ。だからこそ出来る限り、田中の要望を飲んでやりたかった。
手を繋がれたまま、なんでもするぞと言えば、田中は空いた手で頬に触れてきた。よーしよしよしではなく、恋人の俺にする触り方で。随分と甘さを含んだ指の動きに少し気恥ずかしさを感じて田中の顔を窺い見ると、いつもの照れ屋はどこへ行ったのかと言うくらいに真剣な表情で俺を見つめていた。
「田中?」
「供物など必要ない。俺様に見合うものなどそうそう存在しないからな」
「あー……そう、だよな。でも俺、お前に何かしてやりたいんだよ。なあ、何かないか?」
頬に伸びていた指がするりと肩へ落ちて、そっと身体を引き寄せられた。物言いは強気なのに、こうして触れる手は酷く優しいところに田中の愛情を感じて、どこか嬉しくなる。
「何かも何も、貴様の命は既に俺様の掌中だ。命令が欲しいなら何時でもくれてやろう」
「はは、そうだったな」
「敢えて特異点である貴様に求めるものがあるとすれば――」
田中は意味深にそこで言葉を切って、俺の目を覗き込む。不思議な沈黙だった。その沈黙の中に留まる俺達の足元を、島のぬるい風が通り抜けていく。
「貴様のその目に映る世界をこの俺様に捧げるのだ。永遠に、な」
「なあ、それって」
俺の解釈が間違っていなければ、すごく重要なことなんじゃないのか。目で訊ねても、田中は答えをくれない。口ぶりこそ決定事項として話しているが、きちんと俺が選ぶまで待つつもりなのだ。いつものように。
けれど俺はこれに今度は「恋人として」応えなきゃならない。田中を目覚めさせようとした時とはまた違う立場と心で。
自分より少しばかり広い背に腕を回す。答えなんて今更考えるまでもない。
「お前が、そう望むなら。だって俺はお前の魂の伴侶、なんだもんな」
答えはない。しかし真っ赤になった顔が何よりそれを語っている。
ああ、考えは外れてなかったと安心した俺は、言うだけ言って固まってしまった恋人の頬に唇を寄せた。
「俺はお前のものだよ、ずっと前から」